大本薫 Kaoru Ohmoto
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- 自己紹介 natural-born Jazz Flutist。ジャズフルート奏者。フルートらしさ(フルーティズム)よりジャズが本体の破壊者。幼少より渡米。ジュリアード音楽院、コロンビア大学文学部院卒。全米ジャズ教育協会会員。英米で流行りのハイデガー論者。てげてげでアドリブする現存在。17年鹿児島移住。コロナ禍で休眠中。
2012年06月10日(日)
乱読態勢中。ウィットゲンシュタインの哲学は言語の誤謬だで正気を保ちながら、実は嫌いなフッサールのデカルト的省察を読み始めた。懐疑論→実在性の量→神証明の破棄不能→経験→認識→エポケー→現象という閉鎖的な系は、言語の誤謬に見えて、あまり好きではない。(^-^)/
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posted at 12:11:38
心理的なものは、フッサールよりフロイトの抵抗と昇華のほうが言語化されてて好き嫌いで言えば好き。形而上学という命題言語の誤謬に転回するウィットゲンシュタインをカントの純粋理性批判とあわせて読むつもりが、なぜかパラレルでフッサールの間主観ワールドも。証明破棄不能言語は何を語るか?
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posted at 12:15:51
ノエマとかエポケーとか間主観とか、括弧に括るでもなんでもいいのだが、信憑性の量で証明言語を再生産しようとするところが、気にくわない、そんなものに関係なくあるんだがなー。そういえば最近エポケーって死語? 30年振りぐらいにきく懐かしい語感なんだが(・_・;)
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posted at 12:29:04
実在性を量にすると信憑性の問題が起こり、分かっていても相手を分からせられるとは限らないから、エポケーしてバカはスルーしようという系、エポケー(判断停止)という用語も最近はめっきり聞かなくなった。何にどう言い換えられて拡散霧散したんだろう?脱構築?(^-^)/
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posted at 12:49:22
フッサールの省察、デカルトの陥った幾何学では明証な経験という学問の真正のイデアは得られない。あらゆる現前=経験に先行する第一経験こそが十全な明証だ。量的すぎて証明手続きを破棄する述定に至らずウロウロしてるだけね。病気ね(^-^)/ t.co/sSCUUxp7
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posted at 20:29:45
今日買ったブックカバーt.co/gCgMyXEp 合皮の色合いがきにいった。お花柄の裏地が表にちらっとでてるのも。ご本はカバーに入れて読むと、宇宙に唯一の本みたいになるよー。いろんな本がごちゃごちゃあると錯乱するから、本は一冊で聖化するのが好き。でも教徒ではない。
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posted at 23:19:32
大抵の錯乱病(サクランボウと呼んでる)は、ご本が宇宙に五万とあって、参照関係がカオスになり、何言ってるのか読解できなくなると発病するはずだから、一回文明を終わらせて、一冊だけのご本にすると、みんな元気になるかもよ(^-^)/
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posted at 23:22:11