大本薫 Kaoru Ohmoto
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- 自己紹介 natural-born Jazz Flutist。ジャズフルート奏者。フルートらしさ(フルーティズム)よりジャズが本体の破壊者。幼少より渡米。ジュリアード音楽院、コロンビア大学文学部院卒。全米ジャズ教育協会会員。英米で流行りのハイデガー論者。てげてげでアドリブする現存在。17年鹿児島移住。コロナ禍で休眠中。
2015年02月25日(水)
そこで、斎藤慶典と並んで不正確、つまり認識論に留まるもの、と批判されている藤恵介の『ハイデガーのフッサール批判』はこちら。www.kobe-yamate.ac.jp/library/journa... @jeanbeauty2
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posted at 20:30:18
「全体における存在者」を「存在者の全体」=宇宙全体を外から領域的に眺める神の視点、つまり認識論に自明化すると、現存在に先立つ眼前自然の事実性というハイデガーの記述の必然性が明らかにならない、ということです。twitter.com/sunamajiri/sta... @jeanbeauty2
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posted at 20:28:12
ちなみに『フッサール起源への哲学』の斎藤慶典ですが、丸山文隆の最も秀逸な論文 www.l.u-tokyo.ac.jp/philosophy/pdf... では「全体における存在者」を自明的に捉えていると、加藤恵介と並んで批判されています。@jeanbeauty2 pic.twitter.com/rvCQ6NE9A0
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posted at 19:53:50
そうですね。被覆に対しては制作、被制作に対しては開覆ですしね。最後に手許の制作物が被覆したのものを、開覆したんでしょうね。それが隠蔽された。黒ノートでは工作というそうですね。@jeanbeauty2 ナトルプ報告書では、封印されてまま温存されてきたものを、暴き出す
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posted at 19:27:38
それが最近は、とくに冒頭の丸山文隆 twitter.com/sunamajiri/sta... の、手許性が棄却されメタ存在論となる、という論証が台頭してきた。カント書は、時間を受容する自由に対して、自発的理性の不自由という、純粋化の記述です。理性は肩身が狭い。@jeanbeauty2
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posted at 18:55:40
それらが戦前の池上鎌三が解説した「先験的構想力の純粋直感に対する関係、並びに純粋悟性の純粋直感に対する関係」の全容だし、とくにご質問の後者です。ところが戦後は、ハイデガーが実存論的に語られ隠蔽される。それが~@jeanbeauty2 pic.twitter.com/C7wJ4sx2gz
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posted at 18:50:00
だから、カントが図式論で隠蔽しかけた直感(感性)、想像力(構想力)に頼るんです。そのことで経験と超越範疇が暴力的にリセットできる。その本来的な経験が現象を捉えている。それを純粋化として記述するカント書では、時間の受容だけが、純粋現象になっている云々。@jeanbeauty2
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posted at 18:38:54
経験の本来性はヘラクレイトスのピュシス(自然)です。それを被覆したのがプラトンの固定存在を静的に見る認識論です。それを開覆するアリストテレスの超越範疇から、制作過程の動態だけを手許性として取り出しリセットする。それで本来性だけになった。@jeanbeauty2 広く経験という事態
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posted at 18:33:14
様相的なのでしょう。@jeanbeauty2 現象の成り立ちの仕組みのもの、現象することの根本が、時間である、という視点が、カント書では、議論されているのでしょう。カントは、感性論の中で、時間については、どうなんでしょう。空間のアプリオリな形式は、よく触れられてますが。
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posted at 18:05:22
様相論をエポケーして本来的・非本来的に様相論を解体できなかったからでしょうな。@jeanbeauty2 広く経験という事態の成立の仕組み、構成されたものの、解明を目指したわけですが、構想力の議論で時間論をさらに探求しなかったのはカントが感性論で、すでに時間を論じていたから?
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posted at 18:01:12
まさに時間を受容させないかのような隠蔽ですね。極めて興味深い思考です。@jeanbeauty2 受容というプロセスと作業というか、そういうものはなく、すぐに既往とか到来とかではないかと。ハイデガーの解説では、時間の受容について、なぜあまり出てこないのでしょう。
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posted at 17:57:11
しかしそうしたカントを認識論に封じ込める新カント派のプロテスタントから、アメリカに逃れたユダヤ哲学者という文脈から隔絶されて、戦後の日本でハイデガーは時間として語られない。明らかに隠蔽工作があるように思える。@jeanbeauty2 bit.ly/1LC72Qu
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posted at 17:45:36
米科学哲学のヒラリー・パトナムに、存在と時間を忘却させ思考させない信仰というのは、新カント派の申し子、ヘルマン・コーエンの弟子ローゼンツヴァイクが、ヘーゲル歴史哲学の近代性、ユダヤ民族を排除した非時間性を歴史化する、二契約神学と呼ばれるもの。@jeanbeauty2
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posted at 17:41:23
ヒラリー・パトナム のハーバード講義は amzn.to/1FrqgWM 。ハイデガーが対峙するマールブルク学派の祖、ヘルマン・コーエンが後期にユダヤ思想に戻る時の弟子、ローゼンツヴァイクとウィットゲンシュタインをユダヤ思想とみなす講演。@jeanbeauty2
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posted at 17:39:01
時間の排除が著しい。そこでいう時間=カイロスは最近では、斎藤元紀『存在の解釈』で、パウロ~アウグスティヌス~ルターのカイロス論がありますが、やはりマルレーヌ・ザラデル『ハイデガーとヘブライの遺産』 www.evernote.com/shard/s157/sh/... が鋭い。@jeanbeauty2
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posted at 17:38:08
時間の受容、つまり時間が現象しているのであって、自我のようなものが現象しているわけではない、という最後の自由。存在忘却というが、時間が忘却されているだけだ、といった問題系。昭和10年の池上鎌三の『カント書』論に比しても、現代ではまるで隠蔽されている。@jeanbeauty2
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posted at 17:37:36
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勿論、このユダヤ教の問題はむしろ戦後に顕在化して、覆ってしまうのだが、昭和10年の時点の方が、日本の『カント書』受容の見通しがいい印象があるのが不思議だ。ご一読されたい。池上鎌三『ハイデガーのカント解釈』 dl.ndl.go.jp/view/pdf/digid... @jeanbeauty2
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posted at 01:26:47
ナトルプもコーヘンのようにユダヤ教的なのかはしらないが、カトリシズムを嫌うプロテスタントの新カント派をやりこめるためには、ハイデガーのように、カントの理性の自由という認識論(自発性)を、時間を受容する構想力に純粋化しなければならなかったということだろう。@jeanbeauty2
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posted at 01:25:54
コーヘンが時間を多様性、空間を全体性にし、超越的感性論を削除したことで、純粋理性批判を認識論に貶めてしまうのに対して、そうした理性の自由ではない方向、時間を受容する超越論的構想力の一元性、存在論にした、としている。コーヘンは極めてユダヤ教的なようだ。@jeanbeauty2
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posted at 01:10:14
昭和10年の池上鎌三の『カント書』論は、現存在を「生存的人間」、超越的構想力を「超越形成的構想力」と訳語が面白い。現象学がデカルト以前の中世の範疇論に回帰し、理性の自発性ではなく、構想力による時間の受容的自由の一元論化で、コーヘンと対立的とする。@jeanbeauty2
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posted at 01:06:43
コーヘンとナトルプがマールブルク学派の祖だが、後期はユダヤ哲学になり、弟子のローゼンツヴァイクについて、アメリカ科学哲学のパトナムが近著のハーバード講義で、仏教性の批判として取り上げていたのが記憶に新しい。twitter.com/sunamajiri/sta... @jeanbeauty2
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posted at 01:05:22
国会図書館デジタルに所蔵の昭和10年の池上鎌三の『カント書』紹介は、非常に俯瞰的。ナトルプというより、時間を多様性、空間を全体性の範疇にしたユダヤ教的なコーヘンから、ハイデガーが対峙したものを叙述している。dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid... @jeanbeauty2
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posted at 01:04:21