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大本薫 Kaoru Ohmoto

@sunamajiri

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  • 自己紹介 natural-born Jazz Flutist。ジャズフルート奏者。フルートらしさ(フルーティズム)よりジャズが本体の破壊者。幼少より渡米。ジュリアード音楽院、コロンビア大学文学部院卒。全米ジャズ教育協会会員。英米で流行りのハイデガー論者。てげてげでアドリブする現存在。17年鹿児島移住。コロナ禍で休眠中。
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2015年09月01日(火)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月1日

そう、バークリー的だよね。それにしても、大森荘蔵が晩年にアウグスティヌスの無時間論にいたり、単純な信仰告白に収斂し、カントの図式論である超越論的時間規定の前に大敗した、というのは現代哲学的には面白かった。twitter.com/sunamajiri/sta... @kikuchi_8

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posted at 00:16:09

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月1日

そうそう。戦後のアメリカ支配の原因となった戦前に回帰すればするほど、ますます支配されるという。回帰するのではなく、未来に向かって自立するのでなければね。(^-^)/ @J_J_Kant 日本は自立しなければならないと思う。しかし、自立は戦前回帰じゃないよ。

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posted at 21:37:22

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月1日

そうです、ハイデガーがカントの時間規定というのも端的に、カントの三種の綜合(直感、再生、概念による再認)を綜合する図式になると、過去のトラウマによって未来が決定論や終末論になることに打ち勝ち、未来の突破口が現在に現れる、という意味です。@J_J_Kant 「未来へ向けての自立」

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posted at 21:48:00

2015年09月03日(木)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月3日

テクストという権威的なもの、聖典性とか固有名性といったものを、短絡的に解体できる、というのが昨今の日本の人文学排斥の風潮です。元はといえばアメリカの反知性主義からきているようだが、彼らには聖典がある。我々にはそれがない。@J_J_Kant @inja650rr

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posted at 17:14:49

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月3日

だから、ライプニッツを斥け、規定性を問題にしたカントが、デカルト以降は源泉として聖典化するのです。ここみてください。山本義隆を引いて、遠隔作用と魔術がデカルトまでは同一の規定だが、カントがそれを克服したという話。@J_J_Kant pic.twitter.com/bd04TqALqX

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posted at 23:56:24

2015年09月04日(金)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月4日

書物を敵対視したデカルト以降の懐疑を完成に近づけたハイデガーは、カントについては規定性の一点だけを綿密に論証するので読みづらいのだが、その菊池氏は、カントの全生涯をあえて大雑把にとらえることで、ハイデガー以上に明晰に、それがなんであるのか言い当てています。@J_J_Kant

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posted at 00:09:54

Motoki Saito @eksistenz

15年9月4日

@sunamajiri ありがとうございます!(≧▽≦)

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posted at 09:21:56

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月4日

よいですね。まだ序文しか目を通せてないですが、今後話題にします。全集公刊以後、ハイデガーへの先入観が払拭されつつあり、とくに現代思想という動揺が、初期ハイデガーからの読みで根拠付けられるのは、いま始まったばかりだ、という抱負を語っており、実にスリリングです。@eksistenz

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posted at 11:39:30

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月4日

LINE RT @LitoSnowfield お薦めの菊池さんの本を尼村でポチりましたよ twitter.com/sunamajiri/sta...

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posted at 11:50:30

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月4日

ハイデガーのようにカントをテクスト的に解体するというよりは、そのもの(つまりプラトニズムに対するアリストテレス的な霊魂という規定の時間性)についてカントから引き出しているので、読みやすいはずだよ。twitter.com/sunamajiri/sta... @LitoSnowfield

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posted at 11:51:56

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月4日

簡単にいえば、カントは霊魂というアリストテレスの規定性を、実体化させた近代形而上学(霊魂は身体という実体だという命題、つまりモナドロジー)を、デカルト的な自我規定から斥けようとしてるのだが、ハイデガーはそれをテクスチュアルに確定したに過ぎない。(続く)@LitoSnowfield

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posted at 12:02:24

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月4日

(承前)それに対して、菊池健三はハイデガー(のカントのテクストクリティーク)に一切触れずに、超越論的時間規定というアリストテレスの霊魂の規定そのものを言い当てており、それが言い当てられない動揺が現代思想の混沌であったにすぎないので、すべて問題解決! @LitoSnowfield

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posted at 12:02:45

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月4日

これによって何が可能になったかというと、デカルト以後、物理学の遠隔作用(磁力と重力)と魔術の背反の関係が確定的になり、デカルトの自我規定が一般的自我ではなく、霊魂として非実体化し完成したということなのだ。twitter.com/sunamajiri/sta... @LitoSnowfield

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posted at 12:04:56

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月4日

菊池はハイデガーとはテクストクリティークが対照的だ。ハイデガーは三批判書の中の純理の中のA版の中の図式論をアルキメデスの点のようにテクストクリティークしていくが、菊池はカントの生涯の講義から、図式論=霊魂論の可能性を言い当てている。@LitoSnowfield

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posted at 12:25:34

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月4日

こうした自我の非一般化、つまり霊魂の非実体化、もっというと霊魂の非身体化という規定性によって、カント以後の動揺がすべて片付けられている。たとえば疎外論(神は人間の模造だ)とか物象化論といった、現代思想を動揺させ続けている無神論が確定的に斥けられている。@LitoSnowfield

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posted at 12:29:04

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月4日

ハイデガー的な厳密さがないが、かといってその厳密さを批判するだけしか能がない柄谷行人のヤマカンが、単なる無神論を徘徊するだけなのに対して、菊池健三はカントに忠実な、何であるかを言い当てている。それは神を模造することでも霊魂を実体化させることでもない。@LitoSnowfield

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posted at 12:49:16

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月4日

菊池健三『カントと動力学の問題』の初期書評。ハイデガーとは対照的なアプローチで、図式論=霊魂論という近代以後の規定性の問題に挑む。
www.facebook.com/kaoru.ohmoto/p...

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posted at 13:27:02

りと ᙏ̤̫(3さい) @LitoSnowfield

15年9月4日

@sunamajiri 新カントな“神は人間が作った”と同様に(笑)、自身が神になる無神論も性質が悪いですからね〜(*^o^)>あはは

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posted at 19:17:12

2015年09月05日(土)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月5日

神は人の模造だという疎外論の類も、霊魂という規定が身体のような実体だ、という誤解から派生しただけね。カントは生涯の形而上学講義で、脳の解剖学の話ばかりして、どこにも霊魂の実体なんかないじゃないか。だから超越論的統覚は霊魂だという。それが純粋理性批判。@LitoSnowfield

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posted at 08:47:35

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月5日

隠者さんが超越論がわからない twitter.com/inja650rr/stat... という。それは霊魂は身体のような実体ではなく統覚のことだ、というカントの超越論を誤解した、霊魂は実体だというロマン主義から、その後の思想的バイアスの反照でしかない。@LitoSnowfield

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posted at 08:52:15

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月5日

菊池健三に戻ると、こうした規定としての霊魂=統覚の超越論性を、死力やモナドとして、霊魂を単純実体化するライプニッツ~ヴォルフによる形而上学の近代化を、ニュートン力学を比喩として扱うことで、魂の活力化とするのが、カントの動力学なる外延というもの。@LitoSnowfield

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posted at 09:07:29

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月5日

この死力=単純実体(モナド)として潜勢するのではない、活力としての超越論的統覚が霊魂である、というカントの言い方は、ハイデガーで言えば、霊魂としての自我は眼前の実体として対象化できない、という対象関係の時間関係への超越論性になるというだけなのだ。@LitoSnowfield

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posted at 09:07:50

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月5日

カントが三種の綜合(想起、再認、概念)を図式論とする超越論的時間規定とは、ハイデガーが言うように、霊魂というアリストテレスの規定は自我のように眼前に対象化させる規定ではなく、単純に時間の規定であるということ。霊魂は自我を対象化させない概念の規定なのだ。@LitoSnowfield

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posted at 09:28:21

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月5日

ハイデガーで言えば、時間規定とは、対象関係(対象化すること)の規則を規定する範疇であるだけなので、霊魂というアリストテレス的な規定は、デカルト的なコギトを対象化させない純粋時間ということになるのだ。だからこそ、これは自他性という問題を孕まないのだ。@LitoSnowfield

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posted at 09:31:38

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月5日

ちなみに、「純粋時間」といま言ったのは私の造語なのだが、いずれにせよ、カントの時間規定、デカルトのコギト、アリストテレスの規定としての霊魂を、自他性や他者の問題と誤謬することで、神は人の模造にすぎないという疎外論、あるいは無神論が派生してしまうのだ。@LitoSnowfield

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posted at 09:37:29

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月5日

批判哲学や超越論は、誤謬を明らかにするための現象学的な純粋論理なのだが、ここで唯一誤謬とされるのは、他者性なのだ。他者という何らかな対象は、時間という非対象によって、アプリオリに超越されているのだ。それを他者の問題とする誤謬が、斥けられるのだ。@LitoSnowfield

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posted at 09:41:17

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月5日

これによってプリオリテート(アプリオリの他者性、つまり神)が、テンポラリテート(霊魂という時間規定の超越論性)に回収されて、心身問題のようなハードプロブレムは解決されたのだ。Q.E.D (^-^)/ @LitoSnowfield

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posted at 09:43:00

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月5日

ちょっと敷衍。このように何度やってもQEDになる、他者性がないという西欧文明の問題が、明治以来、日本では人間とは何かという他者問題になってしまう。聖書は常に換喩的に書き換えられることで真だが、釈迦の言葉は書き換えられると歪むからなのかは分からない。@LitoSnowfield

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posted at 11:53:06

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月5日

少なくとも、カントが証明したように、超越論性(時間を規定とする地平)だけが、こうした換喩の問題、真なる言葉は常に書き換えられる、という現象を明らかにしたために、その後の西欧人が太古の釈迦の言葉を模索してしまった弊害があるのかもしれない。あれは不幸だ。@LitoSnowfield

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posted at 11:57:08

2015年09月06日(日)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年9月6日

この伝達問題への還元が、おそらく隠者氏にある隠遁なのだが、対する中嶋氏は、宗教は理性や公共の対立項だと規定していて、伝達問題に回収されてしまっている。規定性の誤謬なのだが。通用問題か伝達問題か、というのがデカルト以後の問題規定だが、通用していないのである。

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posted at 12:35:01

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