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大本薫 Kaoru Ohmoto

@sunamajiri

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  • 自己紹介 natural-born Jazz Flutist。ジャズフルート奏者。フルートらしさ(フルーティズム)よりジャズが本体の破壊者。幼少より渡米。ジュリアード音楽院、コロンビア大学文学部院卒。全米ジャズ教育協会会員。英米で流行りのハイデガー論者。てげてげでアドリブする現存在。17年鹿児島移住。コロナ禍で休眠中。
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2012年12月25日(火)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

内部=心も機能も現象学的にはない。現象に内部はない。ちなみにセンター評論の書き手の大半がプロパーな初期メルロの知覚の現象学では、性欲という機能も知覚もないことにされていく。内部はない。twitpic.com/bf9oqm @Osiokiman @Lostlumis

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posted at 00:04:32

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

ツイートまとめ@FB(^-^)/ (読解塾)国語にとって現象学とは主客ではない<ありのまま>を「幾何学的」に問える唯一的なテクストなのだという。
www.facebook.com/kaoru.ohmoto/p...

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posted at 04:20:09

辻井 勝 Katsu Tsujii @aoinatsunosora

12年12月25日

@sunamajiri ありのままだけだと足りないですね。

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posted at 04:28:58

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

うん、その現象学=ありのまま、というのは一昨日のA先生の忘年会の生中継で、A先生が勢い余って口にした名台詞でした。まあある意味端的ではあるが、上空飛行的ではあるww(^-^)/ @aoinatsunosora ありのままだけだと足りないですね。

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posted at 04:30:23

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

おそらく現象を<ありのまま>と名づけてしまうと、いわば逐次的な現象学の方法が閉ざされてしまう、だから現象は現象といわないと語弊がありそうですよね、私もそう思います。はじめることが問題となり、現象学の継続が問題になるから。@sunamajiri @aoinatsunosora

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posted at 04:40:32

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

私から見ると、とくにA先生は、ヘーゲルの始め方で、うま始めていないのかな、というのが関心事です。(哲学を)始めることが難しい。ご存知のように、じつはなかなか哲学にならない。始め方が問われているわけで、始め方にしか誤謬がない。@sunamajiri

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posted at 04:45:14

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

明らかにヘーゲルは、スピノザ的な幾何学があってこそ、始めています。幾何学というのはそういう問題でしかない。ところでこれは懐疑の問題からみるべき。スピノザの方法=幾何学からは、無限遡行するような懐疑が発生しない。@sunamajiri

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posted at 04:49:21

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

現象学は端的な言明とは正反対なのだが、あえて端的に言えば、中世まであった無限遡行という懐疑が、デカルトでは信仰(神要請)に、スピノザでは幾何学になることで、ヘーゲルは弁証法を始められ、現象学という継続するものが生み出されたなら、懐疑の問題は避けられない。@sunamajiri

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posted at 04:55:11

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

言語を現象学にさせずに閉ざしたり終わらせたり、継続にポーズをかけるのは、たとえば神だったり脳だったりという言葉を使う場合で、それは現象学という言葉のあり方ではない。そこでは(現象学を)始める以前に逆戻りのようなことが起きる。@sunamajiri

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posted at 05:00:58

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

さらにいうと、現象学というのは、懐疑していない、確信のある状態(國分氏が指摘したような<分るを分る>)であるがゆえに、始められ、また継続している言語のことであって、たとえばそれは何も探求していないし、ただ言語の健全な、それこそありのままの顕現というだけだ。@sunamajiri

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posted at 05:04:36

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

おそらくA先生が、現象学=ありのまま=顕現と忘年会で口走ったのも、現象学は懐疑も探求もしていない、すでに分るを分っている、悟っているようなものだ、という意味だろう。忘年会実況では、客観も主観もない、という説明で、現象=顕現だといいたかったようだ。@sunamajiri

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posted at 05:06:05

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

この<分るを分る>を、國分氏の読者がどこかで悟るといって差支えがないと言っていたが、それでは悟っていることを伝える言葉、私には、始めることができ継続している現象学という言語的営為というのは、そういうものに見える。分るから書かれていて、だから読まれるのだ。@sunamajiri

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posted at 05:10:59

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

たとえば日本人が近代化できないという話に照らすと、日本人は文章を随意に書きながら、何かを探求し分ろうとするものだと思っている。それが現象学とは著しく異なる言語観だというだけだ。文の運動は確かに随意だが、分らないからはじめ、始めた後に分るわけではない。@sunamajiri

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posted at 05:13:58

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

現象学が教えることがあるとすれば、それは何事も書きながら、随意で分るようになるものではない。それでは書くことが始められず、実は何も分らない、ということだけだろう。国語の問題で、現象学が主題となるのは、この随意と現象学の違いが大いに問題だからだ。@sunamajiri

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posted at 05:15:36

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

12年12月25日

ツイートまとめ@FB(^-^)/ 日本人が近代化できない随意で分るを探求するという姿勢に対して、分るから始められる現象学という言語の営為。
www.facebook.com/kaoru.ohmoto/p... @sunamajiri

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posted at 05:33:46

2012年12月31日(月)

千葉雅也 Masaya Chiba @masayachiba

12年12月31日

思弁的実在論という名称は、正確にはハーマンが自称しているもので、メイヤスー自身は「思弁的唯物論」と言っている。ハーマンは最近「唯物論なき実在論」という論文を書いて彼の立場を明確にした。ゆえに僕は、総称としては「思弁的転回」と表現している。muse.jhu.edu/login?auth=0&t...

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posted at 00:23:19

2013年01月01日(火)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月1日

確かに音楽が国民国家の源とはいえ、国家があるから音楽があるのではない。それが近代の存在論なわけで、そこを転倒している日本の音楽というのは、どこまでいっても気色悪いのだった。(^-^)/ @sunamajiri

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posted at 22:14:48

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月1日

高校生向けの入門書としては、確かに竹田青嗣のNHKブックス「現象学入門」は高校というか中学生必読書ぐらいだろう。www.amazon.co.jp/%E7%8F%BE%E8%B...

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posted at 22:36:45

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月1日

確かに竹田の記述はレビューで批判www.amazon.co.jp/product-review... されているように、現象学を国語現代文にしてしまっているのだが、傑出した高校生ならその矛盾を言い当てる国語力のある子がいるので、十分だろう。(^-^)/ @sunamajiri

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posted at 22:38:36

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月1日

とにかく、この近代哲学の、主観と客観という矛盾した問題を解決しようとする現象学を、何であるか言い当てられるか?というのが、ほとんど日本では国語現代文の模範解答となるので、せめて竹田の現象学を現代文化させる入門書ぐらい受験勉強の前に高2ぐらいで読んで欲しい。@sunamajiri

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posted at 22:46:38

2013年01月03日(木)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月3日

近代は物語=実体を無理やり結婚譚にしようとするのだが、しかしそれでは実体=物語が現れず、ダブルオイディプスが妻を喪失させる、離婚譚のステレオタイプだけになるというのが、ニューアメリカニズムなのかしらね。(^-^)/ @sunamajiri

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posted at 17:42:52

2013年01月04日(金)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月4日

ライプニッツというかスピノザから見るとなかなか始まらないかの如くデカルトに対して、始まっているのかどうかばかり問題にして本当に始まっているのかがいつもわかりづらいフッサール以降を、比較文学するのが一番楽しい(^-^)/ @sunamajiri

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posted at 00:05:05

2013年01月06日(日)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月6日

隠し事はドラマになるけど、物語の語り手はすべて知っている神の視点だから、隠し事を告白するような日本近代文学の宿痾は、そもそも不可能なのかもね(^-^)/ @LitoSnowfield

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posted at 22:05:49

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月6日

そうそう嘘っぽい。むしろ読者の方がすべて知っているから、物語の語り手は知らないふりをすることもあるが、それがなかなかうまくいかない。このように隠し事と隠し事の告白としてある内面というのは危うい。@LitoSnowfield

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posted at 22:09:12

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月6日

受け手はすべてお見通しだから受け手なわけで、そこからみると、隠し事としての内面があるというのは大根役者の演技に見える。@LitoSnowfield その危うさに気付けない…というのが、“内面”という呪詛なのかなぁ〜…なんて(^o^;)>

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posted at 22:11:48

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月6日

そりゃデカルトが中世までの神懐疑をやめて神観念を読者に要請できる、つまり信仰があるから客観もあるといった近代を、おそらく正反対に誤解した日本近代病の心身二元論そのものだからじゃない?(^-^)/ @LitoSnowfield なんで“内面”ということに、そんなにしがみつくのかな…

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posted at 22:17:44

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月6日

同じことだよ、本音だけでも建前だけでも病気になる。つまりそんなものがあるわけではない。@hitorimoii すべての人が本音を話し始めたら、社会だけでなく、人間関係も、親子も夫婦も本人の精神状態も壊れるでしょう。人間は一人一人違うし、すべて同じにしようとする方が不自然です。

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posted at 23:55:41

2013年01月07日(月)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月7日

あるのは別なもので、隠し事をしたいという意志があったりするだけで、それを察するのが心遣いという日本語も、とくに心が何かといっているわけではない。つねに別なものがあるというだけ。それが分からなくなると本音の方も建前の方も病気になる。@sunamajiri @hitorimoii

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posted at 00:09:55

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月7日

読書メモ)齋藤元紀のハイデガー論による博論『存在の解釈学』第一部、転回を齎すハイデガーの方法は、現象学を存在論とするも、その方法は解釈学として遂行されている。 twitpic.com/bt43yw

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posted at 08:58:28

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月7日

続き)齋藤によると、ハイデガーは現象学という方法を事柄に即して遂行することで存在論とするが、実際の方法遂行は明示的ではない解釈学による現象の分節化という。@sunamajiri twitpic.com/bt44xa

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posted at 09:03:02

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月7日

続き)現象学という方法を遂行させる解釈学のもつ循環性、すなわち時間性には、つねに考察の着手点、すなわち現存在があり、循環に対して形式的告示が繰り返されるという。@sunamajiri twitpic.com/bt47ew

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posted at 09:15:18

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月7日

続き)正月乱読メモなのだが、現象学を方法とする現存在は、解釈学的循環しか対象化できないかのようなハイデガーなのかな。博論が淡々としていて、あることを他の用語に換言するだけのように進むのだが、最近の若手の文体は興味深い。@sunamajiri

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posted at 09:29:51

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

13年1月7日

続き)とはいえ、方法はあくまで方法以外ではないのだから、方法が分かったところで、何かが解決したりはしないのだろう。実際デカルトにとっての方法は、懐疑というより信仰だったことからも明白。だから現象学=方法を遂行させるのが、時間性である循環的な解釈学という。@sunamajiri

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posted at 09:36:44

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