大本薫 Kaoru Ohmoto
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- 自己紹介 natural-born Jazz Flutist。ジャズフルート奏者。フルートらしさ(フルーティズム)よりジャズが本体の破壊者。幼少より渡米。ジュリアード音楽院、コロンビア大学文学部院卒。全米ジャズ教育協会会員。英米で流行りのハイデガー論者。てげてげでアドリブする現存在。17年鹿児島移住。コロナ禍で休眠中。
2012年10月13日(土)
端的でない抜粋文から、端的な要約的説明という東大の国語力は、ジグソーパズルでは、正反対の誤答となりかねない。名目(たとえば名詞句など)は述定されなければ、概念ですらない。それより端的な命題から遡及する。端的な説明力とはそれ以外にない。それが出来ない人は来てもらいたくないだけ。
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posted at 23:47:16
ではなぜ課題文は端的ではないのか。それは筆者が推敲を重ね、ある命題に対する思想を述べる試行錯誤をしているから。したがって、それを端的な説明に言い換えられる、官僚的な国語力の持ち主を、東大は選抜したいだけなので、やることはジグソーパズルではなく、命題と向き合うことだけ。とても単純。
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posted at 23:29:31
東大の求める国語力とは、煩雑でわかりづらい記述だが、一つの命題のある文章から、端的に言い換える説明力。官僚になるような人というのは、そういう端的な国語力がある。官僚を馬鹿にする人がいるが、そんなことはない。もっとも国語力があるのが官僚。それを侮るから国民の代表は仕事にならない。
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posted at 23:26:32
t.co/o2Fad6CJ は、風景は概念としては自然だが、身体で感じられる河川は創造対象だ、という一文で収まる現象学。現象学とは、隔絶されていた対象が、自分の意のままの現象になること。問5はこの一点だけで、二つの要点に分解されるというのは、じつは誤りですらある。
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posted at 23:22:16
たしかに、文中の切片をジグソーパズルすると、要約文が出来る場合があるが、部分だけでは要約にならないから、要約の作り方としては邪道。一個でもパズルを間違えると不正解になるから、ある意味一番リスキー(^-^)/
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posted at 23:17:41
さっきの隣の普通はベンチャーの社長、週末だけ塾の先生の人が、昔の駿台の現国の先生は、記号化しておしえてくれたといっていたのだが、今日は東大受験生に駿台パズル方式だと、パズルが一個ちがっただけで不正解だから、命題から捉えてねと教えてた。(^-^)/
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posted at 23:16:35
今日の授業の忘備録) センター評論が対比で明示された理由を解くためにあるとすれば、小説が出題されるのは、明示されない理由の推理力をチェックする意図があるから。作中人物にとっての理由は当人にしかわからないし、当人もその時点で無自覚かもしれない。
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posted at 22:41:25
理論とノウハウ(方法)は別だからねー。理論は証明のためで、ジャズ理論が分厚くなるのもプレイできるようになるためではなく、理論の真価を証明するために煩雑になるだけだし。@prism314159 音楽理論に限らず学校で教えるものは総じて、そう感じます@tetsuya_tatsumi
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posted at 22:29:34