大本薫 Kaoru Ohmoto
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- 自己紹介 natural-born Jazz Flutist。ジャズフルート奏者。フルートらしさ(フルーティズム)よりジャズが本体の破壊者。幼少より渡米。ジュリアード音楽院、コロンビア大学文学部院卒。全米ジャズ教育協会会員。英米で流行りのハイデガー論者。てげてげでアドリブする現存在。17年鹿児島移住。コロナ禍で休眠中。
2016年07月07日(木)
ツイートまとめ(^-^)/ 世界の幼稚と日本の幼稚の違い。日本が見えていない世界の目と、世界が日本人が想像以上に中国を天国だと感じていること。www.facebook.com/kaoru.ohmoto/p...
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posted at 16:02:56
もちろん、中国の台頭が著しいのだが、かつて、蝶々夫人で日本の自然の風景は崇高ではなく、女だけが自然だと語られたことに対して、山水画の世界が西欧人には、彼らの神を殺す天国の表象に見えている、というのがアバターという映画だったというのも面白い。
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posted at 15:36:30
日本の3.11が世界の民主主義を発狂させたという『ハウス・オブ・カード』が全米で大ヒットしているが、西欧は中国に神を殺され支配されかねないが、悟りの境地のように見えていた日本が3.11で地に落ちた、と世界が敏感に反応しているわけだ。twitter.com/sunamajiri/sta...
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posted at 15:34:15
西欧人の真面目というのは、そういう話をすることなのだが、日本人にはいかにも馬鹿げた、幼稚な話に感じられてしまう。それは西欧にも中華思想にも支配されない、独特の精神構造があるから、というのが西欧人の日本人に対する見立てだったのだ。twitter.com/sunamajiri/sta...
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posted at 15:28:20
ちなみに、いまカント書、ダヴォス論争、フリードマン史観、ソーカル事件という話をしたのだが、これもこの中に含まれていて、神の死を支配構造とするのは終末論なのか、そうではないのかという論争がポストモダン。twitter.com/sunamajiri/sta...
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posted at 15:26:04
ニーチェが神の死といい、仏教の悟りを説いた時、ユダヤ教徒が悟りとは終末のことだ、といった戦前、ハイデガーだけがそれに抵抗できたという構図だが、こんな問題、日本人にはいかにも幼稚に見えるだろう。ところが神を殺したい西欧人は真剣なのだ。twitter.com/sunamajiri/sta...
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posted at 15:21:56
西欧人は、西欧とは正反対の支配思想である中国に、私達の想像以上に憧れているのだが、日本にはそれを撥ね退ける力があるらしい。中国は西欧的な神を殺すことを支配というのだが、日本がこれを免れるのは仏教的だからなのかもしれない。しかしそれによって日本だけモダンから抜け出せないのだろう。
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posted at 15:17:22
どういうことかというと戦前、西欧では神の死以後の悟りを終末論としてユダヤ教徒が語ってしまうことに対する闘争が起きていたのだが、戦後はそれを引き継いだ哲学者が、中国に神の死の可能性を探ることをポストモダンと言い始めたのに、日本だけそこから孤立してしまったという構図。
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posted at 15:13:25
それにしても、世界の中で日本だけ、依然として個人主義と全体主義という復古的な対立軸で、旧世界のようなことを語っている停滞は、かなり深刻だ。世界はそれよりも数歩先に行ってしまっているということに、全く気づいていない。twitter.com/sunamajiri/sta...
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posted at 14:52:42
前に何度かツイートしたが、このダヴォス討論で、ハイデガーに最後にやり込められ、アメリカのコロンビア大学に亡命したユダヤ教徒、カッシーラーであるが、日本では全共闘ヘッドで駿台物理の山本義隆が邦訳者で、山本物理学史観の原型なのも興味深い。ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8...
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posted at 14:47:11
こうした思想史的なパースペクティヴからいうと、田辺元的な、ハイデガーのカント書の乗り越えのようなものが、日本の全体主義戦争の思想と戦後言われ続けてきた蟠りが、今一気に噴き出しているように見えるのだ。日本だけ(思考が)停滞するのには理由があったのだ。
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posted at 14:20:02
思想的にいうと、田辺元の西田幾多郎に対するハイデガー的反論である種の論理が、じつはハイデガーのダヴォス討論にある、カルナップとハイデガーの根源図式という問題を凌駕するような視点で、それが戦後、日本では全体主義戦争の思想と語られてしまった、ということが問題的になるのだ。
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posted at 14:19:48
端的に、個人とは独我や唯識でないことを指していて、それが有限性ということなのだが、それに対して無限遠点とか、無限集合を思考することも、唯識や独我といった観念論ではなく、それは論駁されるるものだ、という命題があり、それを日本では全体主義と誤解しがちだ、ということかもしれない。
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posted at 14:19:34
それは、日本で個人主義が全体主義の反動のように根拠付られてしまうことに対して、そもそもなぜ全体主義が語られ、それがいかに数学的だったのか、という文脈を割愛していしまい、すべての哲学的な動機を、唯識論や独我論に求めようとしてしまう、日本独特の文脈が障碍となっているためだ。
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posted at 14:19:19
この図式は、たとえば欧米ではソーカル事件で一応の収束をみたようなことを、日本だけ依然として問題にし続けているようなことだ。この前、近所の坂部恵の弟子のO氏に、Twitterで頽落する人は未分化な個人主義ばかりツイートしていると言ったら、ソーカル事件の二の舞いだ、とすぐに言われた。
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posted at 14:19:06
問題は、アメリカはフリードマン史観によって哲学が問題収束的なのに、なぜか日本では同じ図式が物象化論・宗教哲学に留まり、戦前、これを凌駕した田辺元が、戦後には全体主義戦争の思想だったと、語られてしまう点。twitter.com/sunamajiri/sta...
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posted at 13:40:44
フリードマン史観とは東がカルナップに対するハイデガーに物象化をみて否定神学を言うのに対して、ハイデガーのカント書のダヴォス討論に、分析哲学と存在論の根源を再発見する史観で、日本のハイデガー再評価の黎明期に木田元がハイデガーとウィトゲンシュタインは同じだ、といっていたようなこと。
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posted at 13:31:55
日本ではプラグマティズムの文脈で、非常に間接的に迂遠に紹介されていることになる、このフリードマン史観とは、ウイーン学派的にハイデガーに全体主義を見ることは、誤った個人主義であった、という最近のアメリカの哲学的結晶のこと。
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posted at 13:23:55
フリードマン史観とは、A Parting of the Ways: Carnap, Cassirer, and Heidegger Michael Friedman www.amazon.co.jp/dp/B004XOZ892/... で最近アメリカに定着した哲学史観で、図式そのもののこと。
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posted at 13:21:41
英米分析哲学あるいはウィーン楽派のいう個人主義は、ハイデガーに全体主義を見ているのだが、実はそれがお門違いだ、というのが今日アメリカでのカント研究の急先鋒であるフリードマン史観。このパースペクティヴが日本に未紹介な弊害はあるのか? twitter.com/sunamajiri/sta...
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posted at 13:13:33
さて、今ハイエク、つまりウィーン的な個人主義なるものの話が出たのだが、これも現代思想の源流であるハイデガー的なものに対する反動である点が、今日的に最も枢軸となることだろう。twitter.com/sunamajiri/sta...
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posted at 13:09:42