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大本薫 Kaoru Ohmoto

@sunamajiri

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  • 自己紹介 natural-born Jazz Flutist。ジャズフルート奏者。フルートらしさ(フルーティズム)よりジャズが本体の破壊者。幼少より渡米。ジュリアード音楽院、コロンビア大学文学部院卒。全米ジャズ教育協会会員。英米で流行りのハイデガー論者。てげてげでアドリブする現存在。17年鹿児島移住。コロナ禍で休眠中。
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2015年12月05日(土)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

さて今後のハイデガー読解はより方針的に。ハイデガーは誰よりも方針的ですね。彼の予備学は方針そのものです。したがって、ハイデガーを読むためには、自覚的に方針を常に確認しなければならない。@BeTakada

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posted at 16:56:13

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

togetter.com/li/908389 で明らかにしたように、ハイデガーの方針というのは、ざっくりというと、オンティッシュ(存在的)なものは、すべてカントが厳密化した潜勢的規定(二元論)、つまりドグマであるということです。これが予備学(形而上学)。@BeTakada

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posted at 16:59:54

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

ハイデガーの言うオントロギッシュ(存在論的)というのは、非常にシンプルで、ドグマとなった潜勢的規定(二元論)を予備学で駆除して、当為である語りの実践に徹する=現勢する=現前することです。@BeTakada

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posted at 17:03:53

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

私たちはつい、二元論、つまり潜勢的規定を前提して語ってしまうのです。しかし、こうしたオンティッシュには根拠がなく、単なるドグマだというのが、ハイデガーの予備学が持つ方法的懐疑です。オントロギッシュとは、ドグマを括弧に括る語りの方法化=実践のことです。@BeTakada

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posted at 17:09:06

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

こうした方法的懐疑の方針化、というハイデガーの方法を、ドグマ的形而上学に対する本来的形而上学と読むことから、ハイデガーのより単純な言い方、オンティッシュからオントロギッシュへ、と読み直さなければならない。ドグマが解明されたら読みなおすことが出来る。@BeTakada

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posted at 17:12:21

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

なお、語りだけが現勢的というのは、語りは反省のような潜勢の対極だからです。反省は言表ではない。潜勢的反省では現勢的語りを蝕むドグマが騙られてしまう。そうしたオンティッシュからオントロギッシュへ。@BeTakada

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posted at 17:14:57

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

反省は言表ではない。つまり、潜勢は沈黙という当為です。オンティッシュというのは、おそらく有神論的形而上学です。反省は神を反省するのです。こうしたドグマに対して、オントロギッシュというのは、言表を当為とする無神論的形而上学と言い換えてもよい。@BeTakada

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posted at 17:24:24

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

沈黙から語りへの転回 togetter.com/li/908389 は、このようにドグマが沈黙させるオンティッシュから、言表という当為、オントロギーを得るための方法的懐疑です。これを沈黙させるのは極めて危険なのです。@BeTakada

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posted at 17:27:33

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

このように、転回の内的必然性は領域存在論ではない。沈黙から言表へ、ドグマから当為へ、有神論から無神論へ、オンティッシュからオントロギーへ、同一律から根拠律へ。その要となったのが、無の厳密化でした(GA26-252)。@BeTakada

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posted at 17:37:17

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

非本来的無とは、弁証法的止揚のことです。そこでは時間は空間と止揚される点性=無ですらある。これは対自的時間です。本来的無とは、こうしたドグマによる沈黙を予備学が解消する作業概念であり、時間をどう企投するか、という問題だけが有として残るというオントロギーです。@BeTakada

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posted at 17:42:17

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

対自的時間を無とすると、脱自的時間が有になるのです。時間を意識できるという対自性はドグマです。それは想起的今が全て因果律に頽落し、第一原因なくしては、ありえない今を語るドグマだということです。twitter.com/sunamajiri/sta... @BeTakada

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posted at 17:46:20

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

想起は今を生起~現前させない。それは神の想起でしか無い。それが非現存在という意味です。twitter.com/sunamajiri/sta... ドグマに頽落した者は現存在たり得ないのです。非現存在者=沈黙者とは、今を反省意識する者です。@BeTakada

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posted at 17:51:53

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

今をドグマで反省意識する時間を生きる者は、非現存在者であり、言表ではなく沈黙を当為する者だ、としましたが、そこで面白いのがサイレントマジョリティーと重なるところです。彼らはドグマを生きているから沈黙するのです。@BeTakada

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posted at 17:54:55

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

しかしサイレンス=沈黙は、政治的な問題ではない。今とか瞬間とか刹那とか、そう反省した時点で、既にそれらが今でも瞬間でもなく、儚さも、儚いと反省した時点で、永遠になるという沈黙です。これらを語るのが文学だ、という転回をハイデガーが遂行したことが重要なのです。@BeTakada

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posted at 18:10:43

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

ところで、語りは散逸することですね。ハイデガーでは取り纏めることだけど、ハイデガーの語り自体が散逸的。ドグマからの転回が語られた今、ハイデガーのどこを取り纏める話題を聴きたいですか? @BeTakada

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posted at 18:36:10

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

今考えている読解方針は、GA3カント書の人間学的転回、GA24テンポラリテートの学的企投、の再読か、GA21論理学~真性への問いを入手して、GA26の真正さから読むか。@BeTakada

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posted at 18:39:16

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

あるいは、周りに小説家が多いので、東浩紀の破綻点である、ハイデガーのアナクシマンドロス論、二重襞の問題から、東のフロイト的な問題を解体するか。これは日本固有の私小説性の問題です。twitter.com/sunamajiri/sta... @BeTakada

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posted at 18:40:33

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月5日

要するに、日本では小説家だけが、こうした本質的な問題に直面する当人なのです。読者も共同作業するが、読まない者は、この問題の蚊帳の外で、ドグマ的反省に微睡んでいるのです。@BeTakada

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posted at 18:42:04

2015年12月06日(日)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月6日

たとえば、霊魂の不滅の誤謬推論があるから客観があるのではなく、根源的直観=客観があるから、霊魂の不滅を誤謬推論してしまった、というようなことが読めるということなのだが、こういうのをやると必ず嫉妬されてしまうので、私は最近困っているのだ。しかしそれは思想や態度の問題ではない。

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posted at 03:10:53

2015年12月07日(月)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月7日

伊豆行き電車、もうすぐ熱海。今日はマリンセーラー服ルック。三島駅前セーラー服だらけだから対抗。時推論で霊魂推論を演繹パズルしてたら、もう脱関東。こういうパズルが一番好き(^-^)/ pic.twitter.com/PdAaGCTyOW

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posted at 07:06:30

2015年12月09日(水)

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

細川亮一といえば『アインシュタイン物理学と形而上学』で、読んでみたいと思っていたところでした。amzn.to/1OgbfdG @BeTakada

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posted at 02:00:14

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

というのは、ベルクソンのアインシュタイン批判を、批判するところから、転回すると、フッサールの内的時間意識の非地平性の、いわば誤謬推論が完成するからですね。@BeTakada

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posted at 02:00:26

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

アインシュタインは形而下的ですので、問う当為の根源規定である、霊魂と時間、つまり時間は霊魂に属するのか、霊魂は時間に属するのか、という哲学が普遍的に問いとするものを継承しそこない、非本来的時間で表現されているからですね。@BeTakada

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posted at 02:02:26

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

カント以来批判哲学は、つねに誤謬推論から何かを得るのだが、カントでは時間と霊魂は、霊魂の不滅を誤謬推論して動力学の客観性にしか至らず、時間は今現前を規定できない。だからカントではライプニッツ的な非本来的動力学に対する動力学止まりなのです。@BeTakada

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posted at 02:05:06

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

これに対して、ハイデガーでは霊魂規定、つまり今現前、現勢、現存在、当為を規定する根源を求めていますね。そのためにハイデガーは、客観性を誤謬推論することで、時間の非現前性、言い換えると今現前という、時間根源と霊魂根源の一致に表明的に言及できている。@BeTakada

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posted at 02:06:38

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

こうした問題は、GA24第二部に詳しいです。ハイデガーはこれで客観の誤謬推論である基礎存在論から、GA26のメタ存在論へ内的必然的に転回しますね。それは非止揚的時間という霊魂根源への表明的言及なのでしょう。@BeTakada pic.twitter.com/FpA50dXxfc

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posted at 02:12:30

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

よく日本人は、霊魂不滅の誤謬推論が客観性を実体化させたと誤謬するのだが、問うという当為の今現前の根源規定というのがアリストテレスでもデカルトでも主題ですので、実体的に捉えると、時と霊魂という根源規定の問題を見失います。@BeTakada

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posted at 02:13:59

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

このあたり、一昨日電車の長旅で、ずっと演繹パズルしていたんですよ。bit.ly/1NTJwoY @BeTakada

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posted at 02:15:37

非公開

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posted at xx:xx:xx

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

ついでに、さっき、@LitoSnowfield さんにLINEで話したログもご紹介しておきます。カントと違いハイデガーの誤謬推論は客観性に対するものだが、今現前を主題化する時推論に達しているという話です。bit.ly/1NJ4Ve2 @BeTakada

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posted at 02:28:51

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

端的に、今現前=魂の当為というのは、形而下的な相対性理論の眼前性に対する、形而上学の本来性、つまり問い続ける今の普遍的根源的な継承のことで、ハイデガーの時推論は、アインシュタインのような客観=認識の誤謬推論になっていますね。@LitoSnowfield @BeTakada

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posted at 02:32:05

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

ハイデガーが読みづらいのは、客観性の誤謬推論から、本題である時推論を演繹してるからですね。それはカントが霊魂の不滅や神の存在証明の誤謬推論から、根源的直観=客観、つまり動力学を語りに齎すのと同じ、つまり超越論的ですね。@BeTakada

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posted at 02:34:39

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

いや、存在と時間でいえばSZ365の地平=図式=気遣いのことで、カント書は、演繹すると、範疇論より図式論が本質規定であり、カントはそれを誤謬したということです。この基礎づけによって人間学が方法へ転回するわけです。@BeTakada pic.twitter.com/L112MpLfWf

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posted at 02:44:49

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

今現前(霊魂と時間の一致)が得られないのは、範疇より規定根源を重視しなかったため、ということがいいたいんでしょう。ハイデガーでも実存範疇は、単なるドグマの開示性=真理の問題で、メタ存在論はそこから転回していますね。@BeTakada

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posted at 02:45:56

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

一昨日の演繹パズル twitter.com/sunamajiri/sta... についてのリト @LitoSnowfield さんへのLINEへのレス。霊魂推論・客観推論・時推論に対する演繹 bit.ly/1NJ4Ve2

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posted at 03:02:19

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

その演繹パズルは、ハイデガーはどの著作でも前口上おおくて、なかなか本題、時推論にいかないのよ。その理由を推論してたのよ。カントは霊魂の推論をして客観性をいってしまうのだが、ハイデガーは霊魂なんて語らないのだけど、客観性を推論して、時間推論にはいるのよ@LitoSnowfield

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posted at 03:03:18

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

カントは霊魂を問題にすることで客観性をかたり、時間が客観時間になってしまうのだが、ハイデガーは霊魂を問題視しないのよ、逆にハイデガーは客観性は怪しいという話をしていて、本題の時間は客観でないをやるのよ。@LitoSnowfield なかなか本題に入らない

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posted at 03:04:47

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

客観時間というのは通俗時間のことで、時計をみたりすることなのだが、それだと今は過去を想起する今なのだ。それがハイデガーでは非本来的時間なのだ。今は今と意識すると既に過去だからなのだが。@LitoSnowfield

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posted at 03:06:39

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

ところが、カントは、霊魂を推論して霊魂は誤謬だが、時間が主観だから客観があるとしてしまったようなことになるのだが、ハイデガーはまず客観を推論して誤謬として、時間の本来の主観性を取り戻そうと推論してるようなかんじ。@LitoSnowfield

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posted at 03:07:17

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

想起今に対して今現前だからね。ところが、今というと想起今で、現前今ではないので、時間は非現前だといっているのだ。カントの場合は、時間は現前だが、それは誤謬だと推論している。@LitoSnowfield

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posted at 03:13:50

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

カントは霊魂に動揺して推論して誤謬だというのだが、ハイデガーは客観性を誤謬だと言って、時間に動揺してなかなか推論できない、本題にはいれないのよ。霊魂と時間は根源規定だが、カントは霊魂に動揺し、ハイデガーは時間で問題を動かしている。@LitoSnowfield

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posted at 03:14:39

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

一文にすると、ハイデガーでは今と意識すると今は現前しないから、時間は非現前なのだ。カントの時間では今現前が起こらない。カントでそうなったのは、霊魂を誤謬とした誤謬があるからなのだ。なぜなら根源規定だからだ。意外と単純明快、じゃなくて判明。@LitoSnowfield

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posted at 03:16:29

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

リトさん向けに解説したのだけど、タカ基地さんむけのほうが、より簡明。お後は此方のスレで(^-^)/ twitter.com/sunamajiri/sta... @LitoSnowfield

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posted at 03:20:05

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

カント書の骨格は、カントが範疇論で捉えたものを、カントの図式論にもどす演繹のような振る舞い方で、図式というのは、規定は範疇ではなく根源だ、という演繹的な地平なのでしょう。霊魂と時という根源が現勢的一致をしないのは、それを図式として捉えてないかったからという。@BeTakada

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posted at 16:42:30

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

15年12月9日

要するに、範疇にとっては、哲学の問いという当為の根源である時や霊魂は、葛藤的に分裂しているが、図式にとっては、つまり図式的には両者は単に規定根源である、そういう地平が問題にされているのです。その地平からは両者は一致=現勢化するのです。@BeTakada

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posted at 16:45:37

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