大本薫 Kaoru Ohmoto
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- 自己紹介 natural-born Jazz Flutist。ジャズフルート奏者。フルートらしさ(フルーティズム)よりジャズが本体の破壊者。幼少より渡米。ジュリアード音楽院、コロンビア大学文学部院卒。全米ジャズ教育協会会員。英米で流行りのハイデガー論者。てげてげでアドリブする現存在。17年鹿児島移住。コロナ禍で休眠中。
2012年05月13日(日)
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Less impressive is that Asda have a special edition of the War Horse Blu-Ray with 80 mins of extra special features that I don't have. Booo!
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posted at 22:23:50
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2012年05月12日(土)
プラトンの大怪獣──マルクス主義は、真理としてならば、大怪獣についてのプラトンの一ページの中にそっくりそのまま述べつくされている。そしてまた、その反証もそこに述べつくされている。
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2012年05月11日(金)
指示表出に対する自己表出というのは、「私が」という場合の主体性のことですよね?@femmelets メルロ=ポンティ、ラカン、吉本隆明のソシュール理解、より一般的にいえば言語理解は妥当ではないと思いますよ。~自己表出などは成立しないのではないでしょうか。私はそう思いますが、
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posted at 11:48:22
その平明と逆説ゆえか、四半世紀前は受験国語の王者だったそうですね小林は。@femmelets 西田幾多郎のテキストがおかしな意味で《孤独》であるというのは事実でしょうが、小林秀雄が平明で読解可能だとしても、どうみても逆説だらけでしょう。
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posted at 11:42:50
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そうですね。日本ではあまりに近代性が特異なのか、文学的な現象みたいに見えていたのでしょうか? そこに宇宙の始まりも終わりもないのに。@femmelets 私は、文芸批評家が哲学者の代理をすることなど全くできなかったと思いますよ。
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posted at 11:31:08
Shinya Watanabe 渡辺真也 @curatorshinya
言語の違いとは、宇宙の切り取り方の違いに他ならない。私は異なる言語を通過していく中で、異なる言語の型によって切り取られた宇宙が、顕在意識として認識される以前の無意識の段階でどうなっているのかさえ、もう少しだけ正確に把握できる様になれた気がする。
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posted at 07:24:05
そして、観念と事物が、神という語彙において、存在するほど転回される?という、スピノザの逆説を探るべく國分氏にまた回帰してしまう。この逆説は東が見逃したらしいゲーデル的矛盾を、どこか解決するように見えてしまう? そんな夢を見そう。t.co/bDqGOBSk
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posted at 07:10:38
(続)國分氏が「分かることを分かる」のを「伝えられない」という逆説を指摘する知性改善論から上野修も新書を書いていて、哲学を「どう生きるか」より前に、事物に語らせる幾何学(いわば形式化)だ、と見做しているのが、大変面白かったです。 t.co/O3RFRxfr
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posted at 07:05:20
デリダの中期をゲーデル問題とハイデガーの否定神学へのある種の抵抗として東が博論を書いたわけですが、WIKIでは東が依拠した柄谷行人のゲーデル理解は誤謬という指摘があったんですね。t.co/fExegdDE @femmelets
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posted at 06:41:49
2012年05月10日(木)
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2012年05月09日(水)
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ほんとはクリプキをもう一度読んで、ウィットゲンシュタインをもう一度読んで、ゲーデルの数式が理解できない辺りを慰めようとおもっていたのですが、そんな《作られたパラドックス》に囚らわれるより、実存か現存在か身体をもっと肯定してあげないと、殺されるだけなんだわきっと(・_・;)
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posted at 14:37:58
現代思想は性感論みたいに聴こえることがよくあるんですが、このあたり非常に晦渋な雰囲気があります、和訳を読んで理解できるかなー(・_・;) @femmelets ~《肉》と規定されます。《自分に触れる身体が同時に触れられる身体でもある》交差配列(キアスム)。
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posted at 14:21:24
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2012年05月08日(火)
2012年05月07日(月)
最近BOTが豊穣だが、ロマン派以前はあまり見かけない。たぶん140字では有意味化しない様式だからなのだろうか? その点が興味深い。140字にロマンを感じた(^-^)/
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posted at 21:03:02
2012年05月06日(日)
t.co/olJx11FB つまり生徒を葛藤させるようなのは教育学にも悖る。教育学の側が(西欧化の)葛藤を引きずっているかのようだ。各国語学の前に言語学であり哲学なのだ。そういう原理を考えずに、生徒の葛藤や混乱を取り除けるものなのだろうか?
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posted at 02:04:09
t.co/r7oNHckn そーかなー。古典はそうでも現代文は、近代以降の西欧化の葛藤がどう言葉化されるかという命題を、より直接に教示すること以外ではない。国語教育を誤ってはいけない。英語学的英語というのも日本の特殊な英語教育に限った話なわけで。(・_・;)
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posted at 01:48:45
言語論的転回以降は、スピノザの神の因果性が言論的転回に見える、にも拘らず田島氏のように存在証明を度外視してスピノザを受容する非実在論t.co/ZifFH4g8 というのは、神という語義を超越化する無意識なのではないか?と言っていたのだが、ノヴァーリス凄いw
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posted at 00:40:19
存在(という語義)に対する「存在しない原因」という反証が、証明の命題にはなりようがなかったように、信じないという事柄があるものなのだろうか。信じている人々がいるから信じない、というのは単なる反対語ではあっても、何かを証明しているわけではない気がする。
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posted at 00:11:00
2012年05月05日(土)
成る程。八百万だから、テクスト内の神という語義まで、その一つと躓いて超人願望になっちゃうというのはありそう(^-^)/@LitoSnowfield 神=超越者となるのは、至る所に神様がいる国だったからかな? …とも思ったりもしました。超越者→神となるような印象もあったりもします
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posted at 23:37:55
超越化したい人がいるんでしょうね、神という語義を超越者と思考停止する日本語があるということは。(^-^)/RT @LitoSnowfield なるほど…そういう背景があった場合は、先程にsunamajiriさんが仰った“日本語化出来ない部分”に気が付かずにご自分でご自分を目眩ま
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posted at 21:34:26
そうそう。その一点だけにいわば関心があるの。どうも日本の近代的言説一般は神という語の意味を超越にして、超越者を作りたがってるように見えてしまう。それが神(という語義)の死なんだなーって。日本語化されずらいスピノザ的テクストから痛感する。@LitoSnowfield 日本語の特性
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posted at 07:54:14
昨日ツイートしたように、スピノザはどこか日本語になりにくい概念提出に見える。憶測だが、日本では、「神」を、(スピノザの言う因果的に)超越的な語義として、近代を構築したからなのかなー。なんとなくそう思えてるんだよね。どこか日本語になりづらいところがある。それを読むのがとっても好き。
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posted at 07:23:34
(読書)いずれにせよ、因果的に超越的な審級を神としないための、自己原因という証明が、論理的に可能なのか、というお話で興味は尽きない。こういう話は大好きなのだ。だが、そろそろ朝の読書タイムは終わり(^-^)/
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posted at 07:01:45
(読書)デカルトの証明のままでは、自己原因は(物事の)起生原因を証明できず、神は因果的に超越してしまう。そこでスピノザは内在的原因=本質を、存在の原因と分ける、という。
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posted at 06:39:12
中断していたが、ここから。手前で、1)デカルトは肯定的な神に拘り物事の起生原因を証明できない、2)自己原因が、デカルトの証明(デカルトの証明の布置)だけでは、証明されない。ではスピノザはどうやって?という話になっている。 t.co/0mgLTLfd
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posted at 06:27:04