大本薫 Kaoru Ohmoto
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- 自己紹介 natural-born Jazz Flutist。ジャズフルート奏者。フルートらしさ(フルーティズム)よりジャズが本体の破壊者。幼少より渡米。ジュリアード音楽院、コロンビア大学文学部院卒。全米ジャズ教育協会会員。英米で流行りのハイデガー論者。てげてげでアドリブする現存在。17年鹿児島移住。コロナ禍で休眠中。
2014年04月18日(金)
表出が好きよね日本人。昨日も吉本隆明は言語を表出としか捉えないという話題twitter.com/sunamajiri/sta... で盛り上がったのだが。確かに気分しか無いが、言語がそれの表出というのは、日本式の思考法なのかしらね。@Shin_Kishida 気分を言語に現わしたら、
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posted at 17:34:39
ガルシアマルケス経由しないと、リアルがリアルにならないままだった日本の小説言語って、三島のニヒリズムが断末魔なのだろうが、ちょうど三島がニヒリズムについてツイートしていた。ww (^-^)/ twitter.com/MISHIMA_ESSAY/...
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posted at 17:09:28
ハイデガーはなぜこういう幾何学を回避しているのか?ということばかり、最近読んでいたので、これオモロそうね。以前に「客観が下手な国語の出来ない日本人」といったら、「おまえは超越論がわかってないのか?」と批判されたのだが、もちろん超越論的客観性のことであった。
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posted at 00:29:30
認識は生においてその対象をもつ。ドイツ的思惟は、爾余のそれにまして、生の始源・原点に至ることを求め、認識そのものにおいてはじめて生を見出す。デカルトの「我思う、故に我在り」とは、「人は思惟する時にのみ、生を得る」という意味を持つ。思惟する生とはすなわち、「精神的生」だ!
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posted at 00:05:49
2014年04月17日(木)
面白いのは、柄谷・吉本両氏にとっても、倭語は先験的で、プライベートランゲージと設定されているのだが、戦国時代にやってきた宣教師には、日本人には理性があるようにみえ、アクィナスではなくアリストテレスを宣教した、という点。d.hatena.ne.jp/nikubeta/20140... @TKDOMO
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posted at 20:08:57
(続)しかし、どうも後続世代の世界視線が吉本の手前の射程になっている。たとえば、ジャズをやるのは「日本人には伝統文化ではないが、楽器という道具に触発されるからだ」と、彼らはずっと弁解するのだが、私達にこういうのない。twitter.com/bassfukawa/sta... @TKDOMO
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posted at 19:44:32
・・・と、すこし気分転換したところで、全ての言換えが延長カテゴリーになってしまう、ハイデガーの実存カテゴリーに戻ろっと。実存カテゴリーとは換言==翻訳(日本語・英語どころか、最も深刻に仏語に)できない出来ない分離動詞のようで、ずっと今週はそれを思考している。時間が止まりそうだ。
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posted at 06:00:56
2014年04月16日(水)
隔る故に隔たりの無さが有ること、開離性(細谷等訳)は、英訳だとde-severance。de-はドイツ語が嵌り込む前綴り分離動詞ent-だそうだが、要は反対語で別なカテゴリーを作るということ。@LitoSnowfield pic.twitter.com/IAbJwy0xbb
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posted at 22:04:19
客観テストとかいうアホな手法の日本の国語では、悪文で読解テストするものなのだが、完全な悪文でなければテストできず、完全な悪文というのは現象学でないと不可能。この文、ただ「配慮的気づかい」と言いたい(名づけたい)だけなんでしょ? というのが分かれば良い。@LitoSnowfield
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posted at 20:56:16
現象学って悪文の手本ということだからねw 2人の訳者とも後半苦労してて、日本語の文章としてはゲシュタルト崩壊してて笑える。原文の方がましなのだろうが。「時間」という実存カテゴリーに「客体」も仲間入れさせると、すこしは文章になる。@LitoSnowfield まるでケムマキ文
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posted at 20:44:27
日本の落ち目な一国経済が生物学的に謎らしいよ。彼は原発推進の話ばかりするが、3.11直後、脱原発といった柄谷行人を「ハイデガーのテクネーが分かっていない」と批判したブログは、いま検索したら見当たらない。削除したのか? bit.ly/1qEdYUK @cubapon
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posted at 00:13:20
2014年04月15日(火)
そうでもないよ。いわば慎重なだけだよ。世界が身近に感じるなんて現代の常識だが、それはデカルトの延長に脚が生えて近づいてきたのではなく、現存在が能動的に配慮している、というのが本来の言い方だとかね。bit.ly/RlDbHv @Oygnino
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posted at 22:06:25
現象学も、フッサールのコギト解釈を批判する『存在と時間』の和訳文なんて、まるで頭の悪い人の書く日本語にみえるからな。ほんとに出来の悪い読み手が読むと発狂するかも。twitter.com/sunamajiri/sta... @Oygnino 進学組の子らに早速ツけてみましょう
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posted at 21:44:42
その点で、小説批評が原点になる日本の評論が、階級制の生得性が現代日本にはない、とルカーチを批判するのは、これだけブラック化した日本からは、当然リアルじゃないね。合田氏が吉本のルカーチ批判に触れていたが。bit.ly/1kWpADr @tubupoko
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posted at 19:29:50
ハイデガーの「存在と時間」の挫折というのは、そういう本来的な言い方をしようとすると、できなくなる、ということに尽きるのだ。実存カテゴリーを分節して、延長カテゴリーの言い方をしないように、言語実験しているようなものだが、できるわけがない。しかしそのようにカテゴリーというのは必然的。
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posted at 01:27:09